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zoom RSS ITALERI 1/72 MiG-3 製作

<<   作成日時 : 2018/06/13 01:42   >>

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約二ヵ月ぶりの更新になります。






春もあっという間に過ぎ去り、六月に突入。既に各地で梅雨入りが宣言され、過ごしやすかった季節から一転してしまう事を考えるとげんなりとしてしまう今日この頃です・・・。(´・ω・`)

長らく更新が滞っておりましたが、この間にもいくつか模型を作っていたので順次記事にしてご紹介できればと思っています。







以下、製作記事になります。








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ITALERI 1/72 MiG-3です。  イタレリはイタリアのプラモデルメーカーです。

今回は中古で袋キットの状態のものを購入したので、箱絵は外部サイトの画像を引用させていただいてます。










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やや控えめな凹モールド。
















MiG-3は第二次大戦中にソビエト空軍において運用された戦闘機です。原型のMiG-1を改良した高高度戦闘機として開発されました。

ソ連は1922年の成立以後、革命による混乱などで立ち遅れていた国内の工業化や軍の近代化を推し進めていました。特に航空機技術については、外国からの技術導入やライセンス生産などを行いその基盤を固めます。
1930年代初頭、世界恐慌の影響で不況に陥った自由主義経済の各国が財政上の理由で軍縮へと移行する中
計画経済だったソ連はその影響を受けず、野心的な技術開発や軍拡を行うことができたため、分野によっては世界をリードする革新的な航空技術を有していました。

1936年に勃発したスペイン内戦は、ソ連空軍の実力が試される実戦の機会となります。ソ連空軍は人民戦線(スペイン政府)を支援し、革命を起こしたフランコ将軍を支援するドイツ・イタリアの空軍と交戦しました。ソ連の主力戦闘機だったI-16などはよく活躍したものの、ドイツの投入したBf109といった高速の新鋭機には苦戦を強いられました。これら新型機の登場を脅威と感じたソ連軍は、I-16に代わる後継機を求めます。

後継機の開発は、ヤコブレフ、ラヴォーチキン・ゴルボノフ・グドゴフ、ポリカルポフの三つの設計局(ソ連では航空機開発は企業ではなく、設計者の名を冠した部局で行われ、生産は国内各地の国営工場が担当していました。)に命ぜられ、それぞれがI-26、I-301、I-200という試作機を開発。それらはYak-1、LaGG-1、MiG-1として採用されました。I-200はポリカルポフ設計局で原案がまとめられ、設計者のアルチョム・ミコヤン、ミハイル・グレビッチの両者主導によって開発されました。これが採用されたことにより開発チームは独立し、新たにミグ(MiG、両者の頭文字から)設計局として開設されます。

スピード重視としたMiG-1には高出力の高高度用新型エンジン ミクリンAM-35Aが搭載され、1940年夏のテストでは高度7000mで651km/hという世界トップレベルの高速を発揮、その性能には多大な期待が寄せられ、また一刻も早い新型機が望まれたこともあって量産が開始されました。しかし機体は未解決の問題も多く抱えており、特に操縦性や安定性の悪さ、視界の悪さは実際に運用する部隊からも改善を要求する声が続出しました。これに応え改修を施したのがMiG-3でした。操縦性改善のために機体を再設計したり、キャノピーのガラス部分を増加し視界の確保などがなされたほか、搭載武装も何度か変更され、不足とされていた火力の強化が行われました。

そして1941年、不可侵条約を結んでいたドイツが条約を破り、ソ連領内に侵攻したいわゆる独ソ戦勃発の時点では他の二種の新型機Yak-1、LaGG-3よりも多くの数が配備されており、独ソ戦初期におけるソ連空軍の主力を担います。しかしながらMiG-3も操縦性の問題が完全に解決した訳では無く、特に低空では速度が低下し操舵も重くなったと言います。ドイツ軍もこの特性を理解し戦闘の際には低空での戦いに誘い込むなどしたため苦戦を強いられました。独ソ戦における空軍の主な任務は地上支援だったため高高度での空戦が発生しにくく、本領である高空性能を発揮する機会も限定されました。またパイロットの練度の差でドイツ軍に大きく劣っていたことや、工作機械の精度の低さに起因する機体の故障も相次ぎ、緒戦で多くの機体が失われました。そして41年末、需要が高まっていた新型襲撃機Il-2用のエンジンAM-38の供給を優先するため同系列のAM-35Aの生産中止が決定され、それに伴いMiG-3の生産も打ち切られることになりました。以後戦闘機の主力はYak、Laシリーズが務め、大戦中に新たに採用されたMiG戦闘機はありませんでした。生産が終わってからもMiG-3は前線での運用が続けられ、1945年8月(対日参戦前)をもって全機が退役したようです。


機体自体には欠点も多く見られましたが、戦局が厳しかったソ連軍の辛い時期を支え、ドイツの進撃を食い止めることに大きく貢献した戦闘機として評価されています。















いつものようにコクピット内部から製作していきます。


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内部の塗装には115番「RLM65ライトブルー」を使用しました。














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続いて胴体の貼り合わせです。

プラの材質が柔らかい、というか薄く、下地の色が若干透けてしまっていますが機体色を塗装すれば問題なさそうなのでこのまま続けていくことにしました。













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主翼と接着。





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主翼翼端に実機には存在しないモールドがあるので、これを紙ヤスリで削りとりました。実機のMiG-3は主翼が木製の為です。他にも多くの部分に木材が使用されていました。
当時のソ連では不足するアルミ原料の節約のため、多くの軍用機が木材を主材料として設計されていたようです。

あまり細かい考証にはこだわらずキットそのままに製作する方なのですが、ネット上にある作例などを参考に木製飛行機の雰囲気が出せればと思い行いました。










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機体の塗装。下面には20番「ライトブルー」を使用しました。









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続いて上面をまず62番「つや消しホワイト」で塗装。







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さらに細部の塗り分けを行い基本塗装完了とします。







脚パーツやプロペラなど残りのパーツを接着後デカールを貼り完成です。












「第12親衛戦闘連隊」









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この塗装は1942年3月に首都モスクワ防衛を担当していた第12親衛戦闘機連隊に所属した機の当時のものとのことです。
モスクワをめぐっては激しい攻防戦が展開されました。開戦以来劣勢を強いられ後退を重ねていたソ連軍はこの戦いに勝利し、反攻作戦に転じます。第二次大戦の趨勢を決める重要な戦いにもMiG-3の活躍がありました。




キットに関して、製作中にも触れた主翼のモールドについてと、実機に比べると上から見た機首の形状が細い事が指摘されているようです。その他には特に気になる点はなくMiG-3の特徴や雰囲気をよくとらえたキットだと思います。
製作でも特に苦労したことは無く、キャノピーもぴったりと決まり組みやすかったです。









今回使用した塗料
(すべてクレオス Mr.カラー)


・機体内部色
 115番「RLM65ライトブルー」
・機体色
  (下面)
 20番「ライトブルー」
  (上面)
 62番「つや消しホワイト」、8番「シルバー」、3番「レッド」
・その他
 (排気管)
 28番「黒鉄色」
 (プロペラ)
 8番「シルバー」
 (スピナー)
 3番「レッド」
 (タイヤ)
 33番「つや消しブラック」







参照したサイト
https://ja.wikipedia.org/wiki/MiG-3_(航空機)
https://www.scalemates.com/kits/146731-italeri-180-mig-3


書籍
文林堂 世界の傑作機No.156
光人社NF文庫 WWUソビエト軍用機入門


 












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